何から書けばいいのでしょうか。
一週間以上経っても、まだまだ悲しくて痛くて不安なニュースが続いています。
地震が起きた時、私は東京の会社におりました。
震度5強だったと思いますが、ビルの14階ということもあって、かなり揺れ、
机の下に避難しながらも、あまりにびっくりしておもわず泣いてしまい、
後輩に「大丈夫ですか!?」と声をかけられるぐらい、情けない状態でした。
会社は、キャビネ等も耐震強度な造りだったらしく、ほとんど被害はなく、
安定の悪いパソコンが倒れていたぐらいだったでしょうか。
地震直後に、グループ長が「繋がらなくなる前に電話した方がいいよ」とおっしゃってくれ、
すぐに家にいる母と、会社にいる父とも連絡を取ることができたので、安心は出来ました。
ビルのエレベーターが止まってしまったので、
4階にある更衣室まで下りたり上ったりはしましたが、
やはり、一番苦労したのは、帰る手段でしょうか。
政府は職場待機推奨だったようですが、なぜかうちの会社はできるだけ帰そうということで。
営業の方々は徒歩で帰って行き、
女の子はお父さんがたまたま近くにいて一緒に徒歩で帰ったり、
千葉方面の女の子達は副部長が営業車で送って行くことになったり。
私は、東京の会社にいた父に車で迎えにきてもらうことになったのですが、
車が大渋滞をしていたので、ずっと会社で待機していました。
私がいるせいで、部長やグループ長も帰れずに、申し訳なかったですが・・・。
なかなか繋がらない電話でなんとか連絡を取りつつ、
21時半過ぎ頃、やっとビルで父親と落ち合うことができたのですが、
横浜方面も大渋滞で、ずっと進まず、3時過ぎまで会社付近にいた気がします。
ガソリンがなくなりそうになる、というハプニングがありつつも、
運良く、高速に乗れるようになり、5時頃無事に家に到着することが出来ました。
千葉方面に送ってもらった子達も、渋滞で全く動けず、
仮眠などを取りつつも、家に到着できたのはお昼頃らしいです。
やはり職場待機の方が賢かった気がしますね・・・。
まだまだ不安で、心が痛い毎日ですが、
計画停電の影響で、極限に混雑した電車の中で、
「降りますー!ありがとー!!」と言って降りていった方や、
「まだ降りる人いるよー!」と声を掛け合っている人達の声を聞いて、
おもわず泣いてしまいました。
日本人っていいなって思いました。
被災している人がいる。
でも、それを支援しようとしている人もいっぱいいる。
支援してくれている国もいっぱいある。
そして、国民の為に、危険な作業を続けてくれている人もいる。
これ以上、被害が広がらないよう、祈ることしかできないけれど。
できるだけ早く、穏やかな日本に戻れますように。
PR